岩手・宮城内陸地震で、宮城県栗原市栗駒の耕英地区住民が避難していたみちのく伝創館(同市栗駒)が21日、住民がすべて仮設住宅などに移ったことから避難所としての役割を終えた。40日近くの間、住民の生活を支え、住民自身が復興の手だてを日々考える拠点になっていた。今後も住民は週1回集まって意見交換し、つながりを保つことを約束し合った。
最後まで残った2世帯4人が近くの旅館にいったん移り、近く仮設住宅に入居する。住民ら十数人が感謝を込めて館内を清掃した。避難住民の女性(55)は「本当に世話になった。せめて最後にはきれいにして返したい」と話し、せっせと掃き掃除に励んだ。
県内外から多数寄せられた激励のメッセージなどは館内でしばらく掲示を続け、その後住民で保管する。耕英地区の行政区長金沢大樹さん(65)は「復興を応援してくれた証しとして、耕英地区の施設に長く展示したい」と話している。
週1回の集会は、住民が情報交換したり、行政が復興状況を説明したりするほか、住民が要望を伝える機会にする。金沢さんは「情報交換を密にしたい。みんなと顔を合わせ、元気かどうかを確認もしたい」と話す。
イワナやイチゴなど地区に残した農水産物をふもとに移し、販売に結びつける計画などの話し合いは、支援者を交えほぼ毎日館内で行った。今後は住民主体の新組織「くりこま耕英震災復興の会」の中で進められる。
同館には地震発生の6月14日、栗駒山で救助された観光客らも合わせて56人が避難。その後、耕英地区の住民中心に多い時期で30人前後が暮らしていた。栗原市内の他の避難所2カ所では、引き続き住民の生活が続く。
2008年07月22日火曜日